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ペニスという存在の耐えられない重さ 『Girl/ガール』レビュー ネタバレ

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すごい映画を見てしまった。

映画館で何となく選んだ映画が当たりだった時の愉悦はたまりませんね。

 

特に結末! 

めちゃめちゃ衝撃的ですし、観客や批評家の間で賛否両論があるらしい。

 

以下でネタバレしますが、まだ見てない人は映画館へ行った方がいい。

結末を知らない方が楽しめますから!

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あらすじ

プロのバレリーナを目指す15歳のトランスジェンダーの少女ララ。

ララは性別適合手術を間近に控えており、現在はホルモン療法を受けている。しかし、治療は思うように進行しない。

バレエの練習中はペニスをテープできつく覆い隠し、自分を女性だと強く信じ込もうとするララ。

しかし、徐々にクラスメイトの女子生徒や両親とのささいなすれ違いが重なってくる。

性別の葛藤に悩んだララは、ある恐ろしい事件を起こす……。

 

トランスジェンダーの女性を演じるのは17歳の青年

本作でトランスジェンダーの女性ララを演じているのは、なんと17歳の青年ヴィクトールです。

 

ガール 主演

ヴィクトール・ポルスター 中性的な雰囲気ですね

ヴィクトール自身は映画のララとは異なり、トランスジェンダーではなく、「シスジェンダー」の男性です。

ちなみに、「シスジェンダー」とは、性自認(自分で認識している性)と身体的性(身体構造上の性)が一致している人のことを指します

 

つまり、普通の人(普通って言っちゃダメなのかな…)のことです。

性別を乗り越えようとする人たちばかりに「トランスジェンダー」という大層な名前をつけるのは不平等なので、普通の人にも「シスジェンダー」という名前をつけようという配慮らしいです。

 

LGBTの界隈は、今とても動きが活発になっているらしく、こういう新しい言葉がたくさん生まれています。

僕もシスジェンダーという言葉は初耳でしたね。

 

「シスジェンダーの俳優がトランスジェンダーの女性を演じるな」という批判

 この映画に対して、こんな批判があるみたいですね。

確かに、実際のトランスジェンダーの人がこの映画を観たら、主人公のトランスジェンダー女性を演じる俳優が実際にはトランスジェンダーではないことに眉をひそめるかもしれません。

 

でもこの批判はあまり的を射ていないでしょう。

 

たとえば、昔からハリウッド映画では日本人がおざなりに描かれてきたという風潮があります。

日本人という設定なのに、韓国人や中国人の役者を起用したり。

ひどい場合だと、アメリカ人の役者の目尻にテーピングして両目を吊り上げた状態にして、日本人として演じさせるというずさんな演出までされていました。

アジア人はみんな両目が吊り上がっているという偏見があったのかな

 

たしかに、日本人という設定なのに日本人以外の役者が演じるというのは、少し違和感があります。

 

が、日本の文化をきっちり理解して描いていてくれれば、日本人以外の役者を使ってもいいと思うんですよね。

 

この映画も同じことです。

ララを演じる俳優ヴィクトールはトランスジェンダーではありません。

しかし、彼はトランスジェンダーについて調べたうえで、入念に演技研究をしてこの映画に臨んでいるわけです。

 

トランスジェンダー以外の人がトランスジェンダーを演じてはいけない、なんてことは絶対にないでしょうし、そんな制約をつけたところでますますトランスジェンダーの理解の周知が遅れるだけではないか?

 

シスジェンダーの俳優がトランスジェンダーの女性を演じるな、という批判はやはりピントがずれているような気がしますね……。

 

ペニスに炎症が

ララは一心不乱にバレエの練習に励みます。

 

実は彼女、練習中はテープを股間に貼って、ペニスの膨らみを隠しているんです。

練習が終わると鏡の前に立って、テープを水に濡らしてはがそうとするんですが、それがめっちゃ痛そうで、見てると思わずこっちの股間まで痛くなってきます。

 

男子諸君ならこの痛さ、分かるよね!

 

そんなことを毎日やっているせいで、ペニスは炎症を起こしてえらいこっちゃになります。

 

ちょっとうろ覚えなんですが━━

映画の中で、医者が「ペニスの亀頭はクリトリスとして使用する」みたいなことを言ってたんですね。

 

性別適合手術の場合、元々ついているペニスはとても大事なんですね。

 

僕は何となくペニスをすぱっと切り落として、後は穴をあけて膣を作ればそれでいいのかなとイメージしてたんですが、そんな簡単なわけないよねごめんなさい。

 

だからペニスに炎症が起こってたりすると、性別適合手術ができないみたいなんですよ。

 

バレエの練習をしないといけないが、ペニスの膨らみを見られるのは嫌だ。

かといってペニスをテープで隠すと炎症が起こってしまう。

 

ララはこんなジレンマに直面します。

ペニスという存在の耐えられない重さ

ララは、まったく自分のペニスを直視しようとしません。

 

練習中はテープで隠しているし、鏡の前に立っても自分のペニスの存在を認めていないような素振りなんですね。

 

でも、ララが朝に目覚めるワンシーンがあったんですが、そのシーンでララのペニスが元気に朝立ちしてるんですよ。

そのシーンのペニスはすごい存在感を持っていて、まさにペニスの耐えられない重さを象徴しているようでした。

 

自分では女性だと思っているのに、身体はさかんに男性であることを自分に強いてくる。

 

このあたりの心と身体のズレというのは、余人に想像できるものではないわね。

 

しかも、ララのクラスメイトたちがおふざけの延長として、ララのペニスをみんなに見せるように強要してくるんですよ。

 

あのシーンはほんとに痛々しかったな……。

 

というのも、ペニスを見せてと要求するクラスメイトたちにはぜんぜん悪意がないんですよ。

「私たちの裸もシャワールームで見せ合いっこしてるんだから、ララのペニスだって見せてよ」という理屈なんです。

クラスメイトたちは、だだ無邪気なだけなんです。

 

シスジェンダーの人が、トランスジェンダーの心境を慮るのは本当に難しい……。

 

賛否両論あって当然の衝撃的なラスト

映画の後半になるにつれて、ララは徐々にフラストレーションが溜まっていきます。

 

バレエの練習もあまりうまくいかず、性別適合手術が遅々として進まないことに焦燥を感じはじめます。

 

ララは自室に戻ると、電話で自分の住所に救急車を呼びます。

 

「あれ? なんで救急車なんか呼んだんだろう?」

と思う間もなく、ララは自分のペニスを自力で切断してしまいます。

 

観客席では「ギャッ」ていうリアクションが起こってましたね。

 

僕もあまりに不意打ちだったのでビビりました。

 

さっきも言いましたが、性別適合手術を受けたければ、ペニスは残しておかないといけないはずなんですよ。

 

それをララは切断してしまいました。

 

性別適合手術を受けて女性になるチャンスを捨てたのか!? って思いましたね。

 

ララはやはり、ペニスという存在に耐えられなかったのか……。

一刻も早く、男であることの証明であるこの重い邪魔な物体を捨て去りたかったのか……。

 

しかしその後、ララが幸福そうに道を歩くシーンを最後に、この映画は終幕を迎えます。

 

うーん。

結局、性別適合手術を受けて身体も女性になったのか。

あるいは、性別適合手術は受けていないが、ペニスを失ったことにより女性としての自信がついたのか。

 

ラストシーンのララの幸福そうな表情は、いかようにも読み取れてしまう。

 

まとめ 見て損はない良作映画

すごく静謐な映画で、どのシーンを切り取っても思春期のトランスジェンダー女性の葛藤がにじみ出ています。

 

これは僕なりの結論ですが、シスジェンダーの人にとってトランスジェンダーの気持ちを完全に理解するのなんて不可能です。

 

でも不可能だからといって無視してはいけない。

不可能を承知で、少しでも理解に近づこうとするその姿勢が大事なんです。

 

現代は多様な生き方が容認されている自由な時代である反面、生き方が多様化しすぎたせいで他人を思いやるのが難しくなっているような気がします。

 

周囲を見渡してみると、自分と違う人間が多すぎるんですよね。

 

こんな時代にこそ、この映画は効くと思います。

もちろん特効薬ではないけれど、トランスジェンダーを理解するきっかけを作ってくれる薬ではないでしょうか。